Introduction イントロダクション
1942年から現在まで続く、男女共学の家政学校「主婦の学校」
世界最北の首都、アイスランドのレイキャビクに、1942年に創立された伝統ある「主婦の学校」がある。寮での共同生活を送りながら生活全般の家事を実践的に学ぶことができる、一学期定員24名の小さな学校だ。かつて、義務教育後に進学の機会が少なかった女性たちを、良き主婦に育成することを目的としていた家政学校(花嫁学校)は、世界のあちこちにあった。その多くが衰退していくなか、この学校は、1990年代に男子学生も受け入れて男女共学となり、現在まで存続している稀有な存在である。今では「主婦になるために行くわけじゃない」「自分のことは自分で面倒を見られる人間になりたい」と、性別に関わりなく、「いまを生きる」ための知恵と技術を求めて学生たちが集まってきている。本作は、時代の移り変わりと共にその役割を変化させてきた「主婦の学校」に注目したドキュメンタリーである。
自立した人生を楽しむための術、サステイナブルな学び
学生たちは、初歩的な料理からおもてなし料理・伝統料理の調理法、衣類の種類に応じた洗濯法や正しいアイロンがけ、素材の理解と縫製技術、美しいテーブルセッティング&マナー、火災予防のための消火器の使い方など、理論と実技を実践的に学んでいく。昔からほぼ変わっていないという教育内容には、家事の基本を押さえるだけでなく、破れた衣服の修理や食品を使い切ることなど、今の時代に必須な環境に優しいサステイナブル(持続可能)な学びも含まれている。学位をとるためではなく、生きることに役立つ知恵を身につけ、手に技術をつける学び、つまり〈自立した人生を楽しむための術〉が、この学校の教育にはあふれている。
“ジェンダー平等” 先進国アイスランドからの問いかけ〈主婦〉とはなにか。家事を「自分ごと」として〈生活を大切にする〉営みとは?
アイスランドは、2021年世界経済フォーラム公表のジェンダーギャップ指数ランキングにて12年連続1位の “ジェンダー平等” が進んでいる国だ(日本は同ランキング120位)。そのアイスランドに「主婦の学校」が存続していることは、性別に関わりなく、自立した人間として生きていくための学びの大切さの表れである。主婦とは家事を担う既婚女性を意味してきたが、本来、〈生活を大切にする〉営みを続ける人であることを、この学校の学びは気づかせる。〈主婦〉とはなにか?そして、家事を人ごとではなく「自分ごと」とする暮らしとは?長編デビューとなったアイスランドの新鋭女性監督ステファニア・トルスによる本作は、家で過ごす時間が多くなったコロナ禍以降、暮らしや家事のあり方を柔らかく問うている。
Story ストーリー
1942年に創立された首都レイキャビクの中心部にある男女共学の家政学校「主婦の学校」。白く美しい建物が優雅な雰囲気を醸し出すこの学校には、現在でもアイスランド全土から、様々な期待を胸にした学生が集まってくる。ここは学位のためではなく、学びたい人が自分のために行く学校だ。
「私は手仕事に興味があるわ」
「将来使える技能を学べるのを楽しみにしてる」
「服に開いた穴を直す方法も習えるかな」
彼らの多くは寮で共同生活を送りながら、一学期3ヶ月の間、あらゆる家事や手仕事を基本から学んでいく。
秋学期は草原でのベリー摘みから始まる。摘んだベリーはジャムやケーキに使われる。学校では、調理や裁縫、編み物、刺繍、洗濯、アイロンがけなど、一つ一つを実践的に教えている。毎日の食事も調理担当の学生がつくる。学生は多くの課題制作や試験もこなしていかなければならない。カリキュラムが半分を過ぎる頃には、学生の家族を招待して、制作した作品の展示や料理をふるまうパーティーが開かれる。
歴史ある学校の卒業生たちは振り返る。
「料理や家の切り盛り、倹約することも教わった」(1947年在学/主婦)
「ジャガイモもゆでられない問題児でした」(1967年在学/美容家)
「台所仕事が怖かったのに、人に出す料理を作れるようになった」(2005年在学/俳優)
学校は地域に開かれている。学校開放日にはオードブルやケーキのビュッフェ、焼き菓子を販売する。そこで余ったケーキはホームレスの施設に届けに行く。学生は食べ物を無駄にしないことを学び、地域にも育てて貰っているのだ。
学校初の男子学生だった卒業生は語る。
「卒業するとき、校長に『あなたは幸運な男性になるわ』と言われた。
人生でうまくいかないことがあるたびに、その言葉を思い出し乗り越えてきた」
(1997年在学/芸術家)
その後アイスランドの環境・天然資源大臣となった卒業生は語る。
「この学校の教育は昔からの内容だが時代遅れじゃない。今でも役に立つ。
入学して本当によかった」
(1997年在学)
性別に関係なく、「いまを生きる」ための知恵と技術を身につけた学生たちが、
今日も「主婦の学校」を巣立っていく。
Comments コメント
生徒の美しさは一致することがわかります。”
観終わって最初に思ったこと。夫のロマンに相談までしてしまいました。
《主婦》という字が付くとできて当たり前の仕事と思う人が多いと思うけど、何もないところから料理や衣服を作れたり、生活に必要なすべてをちゃんと学んだ事がある人の方が少ないのではないかと思います。”
人生において本当に必要で価値あるものには「値段」がついていない。
人や暮らしが「豊かになる」というのはどういうことか?
僕もこの学校で学びなおしたい。”
自分のため、お互いのために。
アイロンやお菓子作りに集中していると、制作のアイデアが次々湧いてくる。
いつか家族揃ってアイスランドに行き、あの学校でスキルを磨けたらどんなに素敵だろう!”